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「私はネット競馬で稼ぐ!」

ワシも競馬に手を出すゾ!

競馬が人生の比喩なのではない、人生が競馬の比喩なのだ。寺山修司

今では競馬もネットやケータイで購入可能なのでこれもネットを利用したお小遣い稼ぎ(ネットバイト)と言えるかもしれない(ネットやケータイで即PATなどを利用するにはネット銀行で取り上げたイーバンク銀行あるいはジャパンネット銀行口座を開設することだ)。

ここでは、競馬で稼ぐために必要なこと、その心得、姿勢、ヒントなどをコラム形式というか、およそ自由に述べていく予定です。ここも所々、ネット収入同様、時には指導者としての情熱から来る上からの断定的な口調になることを許して欲しい。私が稼げなければ、結果を出せなければ、ここは終了しまう。その可能性は濃厚である。

最初に競馬の魅力について述べておこう。競馬の魅力、その醍醐味は、予想と現実を味わえる点だ。予想すれば必ず数分後の決まった時刻にレースは始まりその結果を知ることができる。そんなことはそうない。私達の欲しい答え、揺ぎ無い真実をその場ではっきり見て知ることができるのだ。これは贅沢なことであり、その機会があることは幸せなことでもある。

私達は様々なことを予想するが、そのまま予想通りということはほぼない。予想とは違う何かが複雑に絡む。そのまま、細部に亘るまではっきり再現されることはない、不可能だ。どの馬が勝つかは予想できてもどのように勝つかまで的確に予想することは不可能である。それは人間の能力の範疇にはない。

それでも私達は、おこがましくも、その能力、想像の限界を越えようと出来る限りの力を尽くし苦心惨憺する。明確にまで行かなくとも漠然としたところまでは漕ぎつけるだろう。そして予想と現実とが結合した時、その時人は、ある興奮、陶酔を得る。これは女性に対するそれに似通っている。

私は常に勝ちに行く。そして勝つことがあたり前であるかのように振舞う。私はあっさりしたものだ。勝っても負けても喜んだり叫んだりはしない。私は超クールなのである。

昔はいちいち興奮し、よしッ、とか恥ずかし気もなく言っていたものだが、今では、嵌りすぎて神経が麻痺し、映画館から外へ出ると、昔ならなんともいえない不思議な気分に陥ったものだが、今はそうならないように、もはや何も感じない。これは何やら心の何処かにポッカリ穴の空いた、つまり、人間に必要な何かの欠落した、腐敗しかけの、非常にいけない状態なのかもしれない、などと危惧しながらも、いいや、これでこそ競馬師なのだと思うようにしている。

競馬は生きるヒントでもある。私が競馬から得た教訓は数知れない。競馬は深い、競馬のレースにゴールはあるが、競馬そのものにはゴールはない。まるでサイト作成、アフィリエイト、そしてこのネット上のように。その深遠、森の中へ足を踏み入れ、真実を見抜く、暴く。それが私達の野望

競馬で稼ぐと聞いて、楽そうだなと思うなら、もう一度、ポイントサイトの勉強から始めてくれたまえ。ポイントサイトと同じくコツコツと真面目にやるのが何事においても基本なのだ(そりゃコツコツ真面目にやることだけが全てではない。初めのうちは、テニスで言うところの球拾いであり、それが土台となり血肉となる。そこから先、どれだけ効率良くこなせるかは、あなた達次第)。

甘くはない、決して甘くはないのだ(この甘くはないという言葉は嫌いなのだが)。まず、モチベーションをいちいち上手く高めなくてはならない。予想し終えると疲弊、疲労困憊し喜んでばかりもいられないのだ。そうだ、だから私は勝っても負けても喜んだり、叫んだりできない状態に至っているのだ。そうに違いない。

それほど過酷なのだ。何事もそう容易くは儲けられはしない。モチベーションの調整が上手くいかず気持ちが乗らなくて、なんとなしに賭けた時は大抵、馬も私も惨敗する。外の世界で普通に働いた方が実は働く実感もあり出会いもあり良いこと尽くめなのだ。それでも君はこの世界へ足を踏み入れようというのかい?

道は険しい、だからこそ本気になれる。相手は強大なほどいい、だからこそ人は立ち向かおうと歯を剥き出しにするのだ。そして成長する。ライバルが優れていればいるほど自分も成長するものだ。

さぁ、君もこの未知なる誘惑と欲望の、興奮と陶酔の、人生の享楽的、希望と絶望、生きるか死ぬかの瀬戸際、だからこそ強烈な生を実感できる、贅沢で高尚な大人の遊戯、その混沌の世界へ足を踏み入れてはみないか?その勇気があればの話しだが。

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